とても悲しいお知らせです

5月4日午後8時半ごろ、葵がチャッピーやラムサスのいる虹の橋に遊びに行きました


ブログの記事内では2回目の更新になりますが、小豆位の腫瘍が見つかってからの手術を経ての再発、そして大嫌いな薬を飲む長い長い闘病生活、文句を言いながらも、最後までしっかり強く芯の通った生き方をしてくれた葵に感謝です。



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もうこの闘病の記事を書くことはないと思うので、長くなるかと思いますが簡単に報告だけさせてもらいます。




ある日見つけた小豆ぐらいの大きさの異物を手術で除去し、病理検査にまわし、結果ガンだと発覚しました。

そのまま何もなく終わってくれれば良かったんですが、残念なことに、がんは再発。

また新しい小豆が葵の体に出来始めました。



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再びの手術も考えましたが、葵は極度の人見知りな上、もう既に1度、緊急で子宮全摘出という大きな手術もし、直近で1回目の小豆を取るための手術もしていました。

手術の縫合した後の皮膚の経過が悪く、薬を塗ってはかさぶたになり、それが剥がれまた再び薬を塗るような生活でした。

恐らく皮膚の再生が追い付かず、少し膿始めていたんだと思います。


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体がけだるいのか、こうやってよく横になることが増えました。

そんな葵を見ていて、私たちはどうしても2回目の手術に踏み切れず薬での療法を選択しました。


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しかし、2回目の小豆はぐんぐんと大きくなり、最終的には葵の脇の下でピンポン玉ぐらいの大きさになっていました。

次第に呼吸も荒くなり、ご飯も食べなくなり、お水やチュールをシリンジで流し込む生活になりました。

そして4日、誰にも悟られることなく、ベッドの上でひとり旅立ちました。


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普段は仲悪かったくせに、ちゃんとそばで見守ってくれるし、めちゃん。

この横の青い枕の上に葵が寝ています。


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ほくろもまだ温もりの残る葵の耳をせっせとぺろぺろしてくれました。

ただ、志貴だけは血を分けた兄弟が亡くなったことがつらいようで、抱っこしてさよならを言うように言ってもあまり顔を見たがりませんでした。


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ちーは私達の異様な空気を察してか、落ち着きもなくウロウロし、時折、葵の体の匂いを嗅いではそわそわしていました。


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悲しみにふける中、不思議なことが起こりました。

ピアノの置いてある窓の方で誰も1度も聞いたことないような、本当にまるでお別れの曲のような静かで厳かな曲が流れました。

たまたま近くに父親の携帯があったのでそれだと思い、渡しにいったのですが、誰からの着信もなく、そもそもそんな音楽が鳴るような設定にもしていないそうです。

ただこれは、私1人の勘違いではなく、その場にいたオカンや弟、そして泊まりに来ていた彼氏も聞いています。



少し話が逸れますが、私達には1人特殊な友達がいます。
いわゆる『視える系』の友達です。

葵が亡くなる前から頻繁に家に来てもらっていたので、葵の訃報を知らせるとすぐ様飛んできてくれました。

その子にその音楽の話をすると、どうやら大昔に居たうちのワンコが亡くなった時の火葬場で流れていた曲だったようです。

でもそれを聞いて納得しました。

まさにセレモニーホールなどで流す音楽、そのものだったからです。


その子が言うには、葵の死期近づいてることを私たちに知らせようとそして、葵が寂しくないようにとお迎えしに亡くなった子達が大集合していたようです。


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翌日、チャッピーやラムサスを安置してもらっている場所で、葵は荼毘に付されました。


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遺影として飾る写真を探している際、昔のフォルダーを漁っていると、こんなに太ってたんだなぁと思う、葵の姿が映っていました。


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まだお腹がポヨンポヨンだった頃。


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病気の影すらなく、元気ににっこり笑っていた頃。

もう葵の『ごはん〜』の催促を聞くことはなくなってしまいましたが、一番近い志貴が急激に落ち込んでしまわないように、ケアしながら日々過ごしていきたいと思います。

へこんでいて記事を書く気になれなかったので、報告が遅くなってすみません。


次回からは明るい話題をお送りしますので、皆さん、またよろしくお願いします。

葵のために、暖かい言葉をくださった方や、今まで仲良くしてくださった方に本当に感謝しています。
これからは葵が皆さんのお宅のにゃんこを見守らせてもらいます。